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2015

東京の植物の多さの理由

CATEGORY日記
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東京に来ていつも感じる事は植物の多さです。ハーブは勿論色々な街路樹や草花を街中が
大切にしている感じです。しかし、地方にいても同じですが心を病むとほとんど植物は見えなくなります。

考える脳が四六時中働いているので五感が衰えて5月の薫風や木漏れ日の美しさや花の香りを
感じにくく成ります。都会は自分をしっかり持っていないと物や人に右往左往されがちです。

組織が大きい程、人と比較しがちですし、もっともっとと自分を追い立ててしまいがちです。
自由な心を持ちながらも何かに縛られているような拘束感が都会にいればいるほど多くなるのでしょう。

生きる事に満足感が薄れて食べる事や物を買う事という事で代理満足をするのは都会に限った事では
ありませんが物が豊かなほど誘惑も多くなり満足度を得るためにお金に対する欲求も加速されます。

それだけ自分の時間はホット一息入れて考える頭を空にする必要があります。都会ほど緑や植物の
空間を必要とする所以です。しかし、時には自分を取り戻すためにプロに心のわだかまりを吐き出す事も
大切です。薬では決して解決しない癒しが都会には実はたくさん用意してあるのです。
自分が気づけばですが・・・・

都会に限らず入れるよりも出す方が大切です。丁度酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すように
酸欠にならないためにも街は植物によって酸素をたくさん用意してくれています。都会の緑がこんなに
美しいのは人の吐き出す二酸化炭素という毒が植物を養っているのかとも思ってしまいます。

今回はとても暑かったのですが木陰が沢山あって本当に助かりました。盛岡の中心地にはプラタナスが
多く植えているのも関わらず夏の一番暑いときに丸坊主にされてしまいます。なぜでしょうね。
都市計画課に何度か電話を掛けていますが真夏に丸坊主にされる確たる理由を伺うことは出来ません
でした。剪定するにももうすこし考えて剪定して欲しいと心から願います。