25 2016

適材適所

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美しいプラタナスの樹と出逢った。
高松の池や岩手大学のプラタナスも美しかったが
県営体育館のプラタナスは惚れ惚れするぐらい美しかった。
(現在、岩手大学の工学部のプラタナスは不釣り合いなほど枝を切られて此も見るに堪えない)

こんなに大きくなる木を何故街路樹にして手足をもぎ取るように坊主にしているのか
不思議な気がした。

河川敷の柳の木もどんどん切られて石川啄木の歌った「柳青める北上川」ではもはやない。
天を仰ぐように空に枝を自由に伸ばせている樹は幸せ者だ。

適材適所という言葉があるが人に限らず、その樹の性質に合ったところに植えないと結局資質を
伸ばすことも出来ずただ税金を使ってムダな剪定をすることになってなんの意味も無くなる・・という点では
満更間違った言葉の使い方では無いような気がする。

人材だったらその人の能力を見る力がなく、逸材を埋もれさせることにもなる・・それはその人にも
組織にも、しいては、国家の損失になることだろう。人間の能力も樹の資質も自分に合った環境が
あってこそ大きく花開く物だろう。人は出会いによって見いだされ、樹も先を見る人の英知によって
植える場所が決まる。

こんなに美しい樹を育てられる盛岡市なのだから街路樹の選び方には十分考慮して頂きたい・・
と思いました。